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仙台家庭裁判所 昭和31年(家イ)557号 審判

申立人 佐野ちよ子(仮名)

相手方 山本健三(仮名)

相手方 安井春治(仮名)

主文

相手方山本健三は申立人に対し金三万円を昭和三十二年九月末日限り送金して支払うべし

理由

一、申立人の主張の要旨。

(1)  申立人は、昭和三十年三月○○日頃、宮城県○○郡の片田舎から仙台に出て来て、相手方安井がその肩書住所で経営する旅館に住込稼働するに至つたところ、同年九月中旬頃、相手方安井の子であつて同旅館で働いている相手方山本は、申立人が布団部屋に布団を取りに行つた際、背後からいきなり倒して暴力を以て姦淫し、その後女中部屋や離れの部屋などにおいて屡々情交を挑んだ末、将来お前と婚姻する旨言明するに至つたので、申立人は右言を信じて爾後情を通じるようになつた。そしてこの情事が相手方安井や番頭にも知れわたるに及んで相手方安井夫婦からも叱責されたが、その頃申立人は姙娠二ヶ月であつたので、そのことを相手方山本に打明けて相談した結果、同年十二月中旬入院のうえ中絶手術をするに至つた。而して、相手方山本は、右手術費の一部として僅かに金二百円を支出したのみで、残額は申立人側で全部負担したのであるが、さいわい三日位で退院することができた。そして、昭和三十一年の正月を迎えて申立人は相手方安井の勧めで休暇を貰つたうえ実家に帰つていると、相手方山本は間もなく電報で申立人を呼び戻し、以前と同様に情交を迫り、これを拒絶すると暴力を振るつたり、酒気を帯びて来て暴れたりするので已むなく体をまかせ、遂に再び姙娠するに至つたところ、同年五月中旬頃、相手方安井の内縁の妻鈴村きよの勧誘により再び姙娠中絶手術をするに至り、そのときは姙娠三ヶ月であつたが、右手術費の一部として相手方安井から金六百円を支出して貰つたのみである。

その後間もなく、相手方山本が両親に申立人と婚姻したい旨申し出たところ、これを承認されなかつたので、申立人と共に出て行くから金五十万円位貰いたいと頼んだが、これも同様に断られた。そこで、申立人と相手方山本とは已むなく申立人の実家に一時身を寄せることになり、同年五月○○日頃二人で申立人の実家に赴き農業の手伝をしていた。ところが同年十月○日頃、相手方山本の叔父に当る新田商店の主人等がやつてきて相手方山本に帰宅するように勧めたので、相手方山本は同月○日頃無断で仙台に帰つて行つた。申立人はこれを知り驚いて仙台に来て心当りを探したが、所在が判らないまま田舎に帰つた。次いで、同月○○日頃再び仙台に赴いたところ、相手方山本に遭うことができたが、そのとき申立人に対し、「別れたくないが自分は親を看て行かなければならない立場にあるのであきらめてくれ、お前はお前の行く道を探してくれ」と申し出るに至り、遂に話が纒らないまま申立人は已むなく実家に帰つて行つた。相手方山本がかように申し出るに至つたのは、明らかに相手方山本の両親等の意向が反影した結果であると思われるので、申立人は相手方山本との間に誠意ある解決を望むことができると考え、本件調停の申立に及んだ次第である。

(2)  相手方山本が内縁関係を解消したいというのであれば、已むなくこれに応じるが、これまで蒙つた精神的肉体的な苦痛に対し相当額の慰藉料を同人に請求する。而も、相手方山本は本件調停手続進行中にも申立人の許に酒気を帯びてやつて来て無理に情を通じたこともあり、その常軌を逸した行動は実に許し難いといわねばならない。

(3)  申立人は、本件調停手続進行中に他の異性との関係は生じていない。

また、相手方側の名誉、信用を毀損するような言動をした覚えはない。

二、相手方山本の主張の要旨。

(1)  申立人側の主張する一、の(1)の事実は争わないが、この際是非とも内縁関係を解消したい。

(2)  申立人がこれまでその主張するように精神的肉体的苦痛を蒙つたこと、及び本件調停手続進行中に申立人の許に赴いて無理に情を通じたことは、いずれも否定しないが、申立人も本件調停手続進行中に他の異性と不純な関係を公然と続けて来たのであつて、そのため却つて相手方側の名誉、信用を毀損したような状況であるから、相手方側から申立人に対し反対に慰藉料の請求をしたいぐらいである。

三、相手方安井の主張の要旨。

本件調停の内容は申立人と相手方山本との間で解決すべき事柄であるから、相手方安井には何ら慰藉料支払の義務は生じない。

四、以上のような当事者の各主張(特に争のない一、の(1)の事実)に基いて、調停委員会は種種調停を試みた結果、昭和三十二年四月一日の調停において、内縁解消の点について合意が成立し、且つ、相手方山本は、申立人に対する慰藉料支払の義務があることを自認したうえ、金三万円位は支出するも可なる旨洩らし、なお、同年六月八日の調停においても右同様に金三万円の線を洩らしたのであるが、その後、「自分は手許不如意で何ら財産がなく、旅館業の手伝をしていても小遣銭程度しか金員を与えられず、それに両親とも全然本件について協力援助の手を差し延べる気配がないような状況であるから、慰藉料は到底支払うことができない」旨申し述べて前言をひるがえすに至り、調停委員会の情理をうがつた説得にも頑として耳を藉さず、却つて言を左右にして責任をのがれようとする有様であり、従つて誠意の程は毫も認められないような状況である。而して、相手方山本に慰藉料支払の義務があることは明々白々である。

そこで、以上説述した事情に鑑みれば、調停不成立のまま本件を終了しないで、調停に代る審判においてその結論を明らかにするのが相当であると認められる。

よつて、当裁判所は、調停委員の意見を聴き、当事者双方のため衡平に考慮し、調停の不成立に至つた経過、当事者双方の地位、職業、生活状態その他本件調停に現われた一切の事情を観たうえ、相手方山本をして申立人に対し内縁解消による慰藉料として金三万円を昭和三十二年九月末日限り送金して支払わせることとし、家事審判法第二十四条第一項に則り主文のとおり審判する。

(家事審判官 平川実)

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